浅井氏及びアップリンクとの合意に際して
1.この度、アップリンク及びアップリンク取締役社長の浅井隆氏によるパワーハラスメントに対する損害賠償を求めた訴訟につきまして、アップリンク及び浅井氏と訴訟外での和解協議が合意に至ったことをここにご報告させていただきます。「和解」という言葉からまるで円満に問題が解決したかのような印象を受けるかもしれません。確かに、本訴訟については、合意の成立によって終了となりますが、私たち原告は、「円満」にも、そして「全ての問題が解決した」とも考えておりません。私たちは当初からアップリンク側に謝罪を要求していましたが、浅井氏は私たちに謝罪することなく、2回にわたって世間に対する声明を出しました。その後、私たちから謝罪の場を設けることを求めました。そして7月末に、直接謝罪を受ける機会がようやく設けられ、浅井氏とベテランスタッフ6名と対面しました。しかし、私たちは、一部のスタッフを除いて、彼らが真摯に反省していると感じることは出来ませんでした。浅井氏は、原告の私たちの発言を数度にわたって遮り、まるで他人事であるかのように自身の加害行為について分析し、原告の訴えた被害から目を背ける持論を展開しました。また被害の訴えを「勘違い」であると受け取り方の問題にすり替える発言もありました。このような態度は、アップリンク在籍時に浅井氏から受けたハラスメントを想起させました。また、他のベテランスタッフについても、自らの加害性に向き合っているとは到底感じられず、形式的な謝罪に留まっていると感じました。また、一部のベテランスタッフについては反省しているのだろうとは思いましたが、実際の心のうちは分かりません。在籍中の彼らの対応からすると、簡単に信用することはできないという率直な気持ちです。
2.以上のことをふまえた時に、和解協議には移らず、私たちにはそのまま裁判を通してたたかっていくという選択肢もありました。しかし、裁判というたたかいの形が必ずしも私たちが望む結果を獲得するための手段にならないということを、代理人弁護士との話し合いの中で知ることになりました。決して、浅井氏及びアップリンク側の謝罪に満足できたわけではありませんでしたが、もし今後もアップリンクという会社が存続し、浅井氏が継続して取締役社長を続けるのであれば、ほんのわずかでもアップリンクに在籍するスタッフの負担が軽減されるための仕組みを作ることの方が、より意味があると判断したため、裁判で判決をもらうのではなく、下記の点について合意を得ることを優先することに決めました。
・浅井氏は、アップリンクの株式の一部を社外の者に譲渡し、株主が複数となること
・取締役会を設置し、取締役のうち最低一名は社外の者にすること
・取締役会とは別に独立した第三者委員会を設置し、社外の者が委員となり、ハラスメントなど職場環境について調査し、必要に応じて取締役会に提言することができ、取締役会は提言を遵守すること
・謝罪の場において原告らが浅井氏及びアップリンクに対し述べた書面について、期間限定で各事務所に閲覧用のPCを設置し、スタッフが閲覧できる状態に置き、スタッフにメール等を用いて周知すること
なかでも、第三者委員会の設置については、私たちから委員の候補者の方の提案も行い、実現に至りました。
私たちが提訴するまで、浅井氏のハラスメントに対して社内で声を上げる人がいなかったわけではありません。また、それらの訴えがベテランスタッフたちによっても蔑ろにされ続け、声を上げる者が排除されてきた歴史があります。アップリンクという会社の功績が、労働者の犠牲の上に築き上げられてきたものであり、それらは簡単に切り離すことができず、映画のための犠牲として見過ごされてよいものではありません。このように被害を訴える声が蔑ろにされてしまうアップリンクという組織において、通報できる窓口が外部に設けられるということはとても心強いものだと感じています。
改めて第三者委員会の委員を引き受けてくださった方に深くお礼をお伝えしたいと思います。
また和解協議のやり取りを重ねる中で妥協せざるを得ない点もあり、先述の謝罪の場における被害者の声を遮るという浅井氏の態度を踏まえてもアップリンクで起きている問題の完全な解決にはならず、同じことが繰り返されてしまうおそれは高いと感じています。
3.冒頭で「全ての問題が解決した」わけではないと言及した理由は、アップリンクの対応のみならず、アップリンクと協働関係にある様々な立場の方が、労働の場における人権侵害の問題を軽視しているということに、私たちは直面せざるを得なかったことによるものです。深刻なパワハラが繰り返されてきたことが明らかになってもなお、沈黙を続けるのは何故でしょうか。「作品に罪はない」と問題を矮小化させてしまう発言をするのは何故でしょうか。加害者を擁護するため、被害者である私たちの発言を否定したのは何故でしょうか。尊厳を犠牲にすることを前提とした働き方が日本の映画業界を支えているのだということを、そしてその問題から目を背けたあなたの言葉や行動が、時に人を死に追い詰め、誰かの人生を奪っているのだという事に気づいてください。
アップリンクで働いている中で受けた傷はもちろんのこと、提訴後のアップリンク側の不誠実な対応や映画業界の沈黙や二次加害によって受けた傷は未だに癒えていません。これまでと同じように、それぞれが背負った傷とともに日常を生きていきます。
また、被害者は私たち原告だけではありません。現在もそれぞれの事情によって、自身の被害を公にできず悔しい思いをしている人たちがいます。心に植え付けられたトラウマは簡単に拭い去ることなどできませんし、時に人を死に追い詰めるものでもあります。
4.最後に、私たちの裁判について気にかけ、励ましの言葉を寄せていただいた方々に改めてお礼をお伝えいたします。とても苦しい4ヶ月でしたが、そんな中寄り添ってくださる方がいるということが原告一人一人にとって大きな心の支えとなっていました。ありがとうございます。
今後も、UPLINK Workers’ Voices Against Harassmentは継続していきます。訴訟を支援する活動を目的として結成した団体ですが、ミニシアターや配給会社、映画製作の現場における様々なハラスメント被害の報告が私たちの元には届いています。私たちはそういった声が決して見過ごされることのないように、今後は労働者の権利を回復するために情報を発信していきたいと思っています。映画業界で働いている方の中には、同様の被害に遭いながらも私たちが訴えたことについて理解することができない方がいらっしゃると思います。そういった方も、もし今後辛い状況に追い込まれて声を奪われてしまいそうになった時、連絡をしてください。決してその声が奪われてしまわぬように、できる事を一緒に模索していきたいと思っています。
2020年10月30日
原告一同